理科を学ぶ前に

理科は、内容が多岐にわたり、とっつきにくいところもあろうかと思います。
私達は、“地球とは?”を常にテーマの軸として考えて授業を展開しています。
様々な自然現象をなるべく具体的なものを見せ、触らせる。
素朴な感動とそこから生まれる疑問を大切にする。
世間では、とかく科学する目を叫ぶようにはなってきているようですが、
子ども達は、地球と遊んだ経験が絶対的に少ない。その分、この星に対する愛着もまだ芽生えていない。
まず、地球を愛してほしい。自然や生物を愛してほしい。
愛し、遊ぶことをしていくうちに、新たな発見や疑問が湧いてくる。
勉強はそこからでいい。
価値観が揺らいでいる。
しっかりした目、いや、心をもった人となって欲しい。
リソース
記憶
さむいっ!

霜柱を見ると、とある住宅街にポツンとある公園を思い出します。
地元では、あひる公園とも、しか公園とも呼ばれる湧水池のある公園です。
その公園で過ごした何の変哲もないある一日が、引き出しの奥に忘れられた小物のように、ふと何かの拍子に思い出されることがあります。
私の原風景です。
一度風景が蘇ると、連鎖反応の如く、笑い声やお日様のぬくもりや、春の土の匂いや、蝉の声、寒空でブランコがきしむ音などが、つい先程の事が如く鮮明に映ります。
記憶
五感とは、人が感覚器で刺激を受容し、その刺激を電気信号に変え、脳に伝えて感ずるものです。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。様々な感覚が記憶として、脳に刻み込まれています。
過去を回想する思い出なども、多様な感覚が相互に絡み合いながら、記憶しています。
私達、霊長類は視覚に優れた動物です。特に色彩を識別する能力に長けています。
青い果実には、強い毒性を示すものもあったろうし、大いに熟した後では、他の動物に食料を奪われてしまいかねません。色を見分けることは、食料の獲得にとって大切なことだったのです。
しかし、哺乳類全般についていえば、何といっても嗅覚でしょう。
私達の祖先はまず鋭敏な嗅覚を獲得することで、大脳が進化したと考えられています。
ここからは、余談ですが、私達の記憶は、最近は特に視覚的な情報が多いように感じますが、
嗅覚も記憶には大きく関与しているように思われます。
単に映像的に懐かしんだり思い出すのではなく、
その時の情景の中に、風の匂い、花の香り(或いは香水等も!)はありませんか?
それらを意識することでより鮮明に、よりカラフルに情景が思い浮かぶかもしれません。
やがて巣立っていく子ども達。
ここで過ごした日々の思い出は、気付かぬうちに心の小箱へそっとしまわれてしまうでしょう。
いつか思い出す原風景が一層豊かなものであるように、
五感で自然をいっぱい感じ取って、心身の成長の糧にしてもらいたい。

霜柱を見ると、とある住宅街にポツンとある公園を思い出します。
地元では、あひる公園とも、しか公園とも呼ばれる湧水池のある公園です。
その公園で過ごした何の変哲もないある一日が、引き出しの奥に忘れられた小物のように、ふと何かの拍子に思い出されることがあります。
私の原風景です。
一度風景が蘇ると、連鎖反応の如く、笑い声やお日様のぬくもりや、春の土の匂いや、蝉の声、寒空でブランコがきしむ音などが、つい先程の事が如く鮮明に映ります。
記憶
五感とは、人が感覚器で刺激を受容し、その刺激を電気信号に変え、脳に伝えて感ずるものです。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。様々な感覚が記憶として、脳に刻み込まれています。
過去を回想する思い出なども、多様な感覚が相互に絡み合いながら、記憶しています。
私達、霊長類は視覚に優れた動物です。特に色彩を識別する能力に長けています。
青い果実には、強い毒性を示すものもあったろうし、大いに熟した後では、他の動物に食料を奪われてしまいかねません。色を見分けることは、食料の獲得にとって大切なことだったのです。
しかし、哺乳類全般についていえば、何といっても嗅覚でしょう。
私達の祖先はまず鋭敏な嗅覚を獲得することで、大脳が進化したと考えられています。
ここからは、余談ですが、私達の記憶は、最近は特に視覚的な情報が多いように感じますが、
嗅覚も記憶には大きく関与しているように思われます。
単に映像的に懐かしんだり思い出すのではなく、
その時の情景の中に、風の匂い、花の香り(或いは香水等も!)はありませんか?
それらを意識することでより鮮明に、よりカラフルに情景が思い浮かぶかもしれません。
やがて巣立っていく子ども達。
ここで過ごした日々の思い出は、気付かぬうちに心の小箱へそっとしまわれてしまうでしょう。
いつか思い出す原風景が一層豊かなものであるように、
五感で自然をいっぱい感じ取って、心身の成長の糧にしてもらいたい。
わた雪

久し振りの大雪(?!)でした。
風祭でも6年ぶりのまとまった雪がふりました。
朝は日が差していたのですが、急に雪雲が迫ってきたかたと思うと、
あっという間に辺りを包みこみ、綿のような雪が静かに舞ってきました。
授業中ではあったのですが、みんなの視線が窓の外の景色に注がれました。
時間が止まったような、音が消えてしまったような。
止めどなく舞い降りる綿雪にみんなの瞳は釘づけになりました。
とても、幸せな気分になりました。
雪を降らすお天気は気まぐれで、その後も太陽をのぞかせたり、雪を降らせたりしました。
まるで、元気なライナスの子ども達のよう!
チェルノブイリの2年前、関東地方では大雪が降りました。
思い切り雪で遊びながら、大空に向かって大きな口をあけ、
舞い落ちる雪が口の中で溶けるのを今でも覚えています。
やはり、子ども達には何の気兼ねもなく自然の中で笑って遊んで欲しいと切に願います。
そんな、日本、地球を子ども達に残したい。
愛

洋介(仮名)の机に落書きがありました。
とっても気になる雅代(仮名)の悪口です。
いつ書いたのかも分からない、大分前のものだと思うのですが、
ふと、雅代が目にしてしまったのです。
ああ、何という神様の悪戯でしょう。
洋介が落書きに気が付いてそっと消していたら…。
雅代がその机の前を通らなかったら…。
雅代は急に悲しい気持ちになって、教室を出て行きました。
スタッフがそっと、雅代のところへ行きました。
雅代は普段は元気のよい子で、正義感が強くクラスの人気者です。
また、ガラス細工のような透き通った美しい瞳と心を持っています。
学校へ来たばかりのときは、気持ちの整理をつけることが難しく、
行き場のない怒りを手当たり次第にぶつけることが多々ありました。
スタッフは、繊細な雅代の心がへし折れはしないか、少しだけ心配していたのです。
雅代はおよそ関係のない話を続けます。
家のこと。友達のこと。趣味のこと。テレビのこと…。
一生懸命、一生懸命しゃべり続けました。
すると、穏やかな表情で、
「なんか、ばかばかしくなっちゃったよ。あんなの、気にすることないや。やーめた。」
と、さらっと言ったのです。
それから、いよいよ本調子でおしゃべりが続き、お昼休みになりました。
些細なことかもしれないですが、雅代にとっては
小さくても、本当に大きな一歩だったのです。
たくさんたくさんもらったお母さんからの愛情が
雅代の心をそっと優しく包んでくれたのかもしれません。
本当は優しくて勇気のあるいい子。
そのままで、ありのままのあなたのままで大きくなってほしい。



